ファーティマ朝の遠源
ここで目覚しい発展があったのですね。
これには驚くばかりです。ファーティマ朝の遠源は、8世紀後半にイマーム派(シーア派の多数派)の第6代イマーム、ジャアファル・サーディクが亡くなった時、その長子イスマーイールのイマーム位継承を支持したグループが形成したイスマーイール派にある。イスマーイールの死後はこの派からはイマームがいなくなり教勢が衰えたが、9世紀後半になって、イスマーイールの子ムハンマドは現世から姿を隠している隠れイマームであり、やがて救世主(マフディー)として再臨し、隠された真実を顕現するとする教理を主張するようになり、盛んに教宣活動を行った。
ファーティマ朝の始祖ウバイドゥッラー(アブドゥッラー・マフディー)はイスマーイールの子孫を称するイスマーイール派教宣運動の指導者で、899年には従来の教理を改めて自らがイマームにしてマフディーであると宣言、活動を先鋭化していた。ウバイドゥッラーの指示に従い、イスマーイール派に対する迫害の厳しい本拠地シリアから離れた北アフリカで活動していた教宣員のアブー=アブドゥッラーは、現地のベルベル人の支持を集めて軍事力を組織化することに成功し、909年にイフリーキヤを中心に北アフリカ中部を支配するアグラブ朝を滅ぼした。彼らはウバイドゥッラーを北アフリカに迎えカリフに推戴し、チュニジアの地でファーティマ朝が建国される。
ウバイドゥッラーは王朝建設の功労者アブー=アブドゥッラーを粛清してカリフによる独裁権力を確立、チュニスの南に新都マフディーヤ(「マフディーの都」の意)を建設してファーティマ朝の支配を固めた。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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